建築×ITのこれからを考えるvol.2 「アーキグラムの作品を現代社会で再考してみる」

出展:Archigram Archival Project

建築×ITのこれからを考える、vol.2である今回は、

「現代社会でもしもア―キグラムが再び刊行されたら、その内容はいったいどのように発展するのか。」

というテーマで、前回に引き続き個人的な意見や想像(妄想)を綴っていこうと思います。

60年代当時、建築と新しいテクノロジーがもたらす視覚的なイメージを空想上で融合させた建築家集団 アーキグラム。

彼らの作品を始まりとして、現代で想定しうる可能性について思考実験してみました。

まだvol1を読んでいない方はぜひそちらも読んでみてください。

それでは、ぜひ記事を最後まで読んで、意見やみなさんなりの想像をコメントに残してみてくださいね!



アーキグラムについて

前衛建築家集団・雑誌 Archigram

建築を学んだ方なら一度は耳にしたことがあるであろう、イギリスの建築家集団・雑誌であるアーキグラム。

結成・刊行されたのは1961年で、グループの活動期は1961年~74年と長くはありませんが、確実に現代建築ないし都市計画の根底の一つになっていると思います。

主に複数のイメージのコラージュや、空想的なプロジェクトの提案などで構成されていた雑誌のアーキグラムですが、まだよく知らない方のためにその内容をご紹介します…と、いきたいところなのですが、

プロジェクトが多岐にわたり、その一つ一つを紹介してしまうとそれだけで2,3個の記事になってしまうため、ここでは大枠がつかめるサイトをご紹介したいと思います。

The Archigram Archival Project

http://archigram.westminster.ac.uk/

なんと、アーキグラムの作品をオンライン上で無料で公開しているサイトになります!

ウェストミンスター大学の建築研究グループであるEXPによって運営されており、雑誌の写真だけでなく、テキストや実際に行われたプロジェクトなどが掲載されています。

英語が苦手な方でもイメージが多いのでわかりやすく、Googleでの閲覧で日本語翻訳を行えば、内容もほとんどわかると思います。

アーキグラムについてよく知らない方や、より詳しく調べたい方はぜひ見てみてください!

 

「現代版アーキグラム」を想像してみる

さてここからは、アーキグラムの代表的ないくつかのプロジェクトがもしも現代で考案されていたらいったいどんなものになるのか、想像(妄想)を膨らませていこうと思います。

みなさんも一緒に考えながら読んでみてください!

現代版「プラグ・イン・シティ」→都市の疑似生命化?

出展:Archigram Archival Project

「プラグ・イン・シティ」は、1964年にアーキグラムメンバーのピーター・クックにより提案された、組み替え可能なユニットがメガ・ストラクチャーに取り付き日々変化していく、という作品です。

都市環境全体が変化のためにプログラム化され、一体構造化になっているこの提案は、その象徴性やダイナミックさからアーキグラムの代名詞のような存在になっていますね。

まず最初はこの作品について考えていきましょう。

インフラ設備や公共施設など、都市機能の維持に必要な建築・土木の 空間がユニットとして挿入され、そのユニットが劣化すると取り換えられる、まるで都市が「新陳代謝をして生きている」ような作品。これに共通する日本の建築思想に建築家・黒川紀章の「メタボリズム」があります。中銀カプセルタワービルなどが有名ですね。

しかし、残念なことに現在カプセルの交換は行われておらず、老朽化などを理由に取り壊し・建て替えを行うべきとの議論の渦中にあります。

出展:Archigram Archival Project

本来行われるべきはずの建築の「新陳代謝」は、なぜ難しかったのでしょうか。それはこの建築と生物の「代謝の頻度」の違いにあると考えます。

建築では住民の変化や老朽化に際して不定期に代謝が発生しているのに対して、生き物は自身の生命を維持するために日々代謝が起こっており、その結果生命は常に恒常性を保っています。そういった視点から見ると建築では、構造そのものは代謝に見えても、「内部や外部の環境因子の変化にかかわらず生体の状態が一定に保たれる」という恒常性が成り立っておらず、生物と同じ物理法則に基づいた代謝は起こりえません。

そこでまず一つ目の妄想「現代版プラグ・イン・シティ」では、メタボリズムでの失敗を踏まえ、「気に入らなくなったり古くなったら不定期に取り替える」のではなく「日々人々のニーズや気候、劣化に合わせて常に変化し続ける」都市になるのではないかと考えます!

具体的には、変化する都市の構成要素を「機能をもった空間」や「インフラ設備」といった大枠ではなく、「空間や設備を構成する部材ないし物質」のスケールまで落とす、ということです。

これにより空間や設備そのものの形状を日々変化させることができ、例えば「今日は友達が14時から家に来るから、自分の家を14時から夜まで大きくしよう」なんてこともできてしまう…

現代ではナノテクノロジーが発達しているので、空間を構成する物自体を小さなロボットで取り換えるということもあながち不可能ではない…はず!(もとの作品がぶっ飛んでるのでこれくらいは許してほしい)

ズバリ、「現代版プラグ・イン・シティ」は、「都市がより高い完成度で生命化する」作品に発展すると妄想します!

 

現代版「ウォーキング・シティ」→「ウォーキング・タウン」?

出展:Archigram Archival Project

 

さあ次は、まるで某アニメ映画の「ハ〇ルの動く城」のような作品「ウォーキング・シティ」です。1964年にロン・ヘロンが都市自体が歩くというアイデアを形にしたものになります。

巨大な都市に昆虫のような脚がついており、居住者が希望する場所へ移動するこの作品は、世界中の人々の間で遊牧民の生活様式が支持され、国境や境界線が放棄される未来を想像して作られたといいます。

「できることなら仕事と遊び、出張と旅行の両方を同時に行いたい…」そんな日々時間に追われる現代人のニーズや要望を解決してくれそうな都市ですね。

出展:Archigram Archival Project

 

この作品の現代版を考えるにあたって、都市を丸ごと一つにするという点では、一つ目のプラグ・イン・シティに近い発展がありそうですが、「日々都市が移動する」という考えは1964年と現代で認識が異なるのではないかと考えます。

情報が世界中で共有されることで、都市に生きる各個人がもつ思想がより複雑になった現代社会では、移動したい目的地が共通している人々がより細分化されているのではないでしょうか。元の作品のまま「都市」規模では、住民の意見が統一できず、目的地が定まらずに移動できない…といった問題が起きてしまいそうです。

そこで二つ目の「現代版ウォーキング・シティ」は、目的地の細分化に伴い、ウォーキング・「シティ」からウォーキング・「タウン」になるのではないかと妄想します!

もともとのウォーキング・シティでは、都市機能をサポートするために「さまざまな場所で適宜ユーティリティや情報ネットワークに接続する」という考えがあり、都市に住むある種の遊牧民の存在によって、都市が接続されるたび文化や情報が共有される、という想定がなされていました。

その点も、この現代版のスケールダウンによって、母体数の増加に伴って必然的に共有がより多様なものに発展するので、多文化の相互理解がさらに進むのではないでしょうか!

場合によっては、「シティ」から「タウン」を通り越して「コンドミニアム」までスケールダウンするかも…

それもう各自の家が動けばいいじゃんって?…確かに。ただ、少数の集団でも共通の目的意識を持った人々が一緒に暮らしたり、異なる複数の集団が定期的に集まることに意味があると思うんですよ。

 

現代版「インスタント・シティ」…都市の一極集中の解決秘策?

出展:Archigram Archival Project

三つめは「インスタント・シティ」です。個人的にはアーキグラムの作品の中で、もっとも現代にあったら面白いと思っている作品になります。

この作品では、都市が定まった形態を持たずに、都市を構成する部品としての建築が接続されることによってのみ、その姿を現す存在になっています。そしてその部品は飛行船によって運ばれることで集まり、サーカスのように簡単に設置されていくことで、配置や機能が毎回異なる都市がいたるところで一時的に発生する、という特性をもっています。

都市を量塊のように扱う前2項と比べ、都市を多様な建築・機能の集合としてとらえた対照的な作品。現代社会においてこの作品は、先進国の多くが抱える「都市と地方の格差問題」へのある種の解決策を示唆しているように思えます。もし都市機能が容易にどこへでも移動できれば、地方での一時的な都市機能のニーズを解決するために、限られた期間だけ拡張サービスを提供できるかもしれません。たとえば地方の文化的に孤立した地域でも、一時的に最先端の情報との接触やサービスの享受が受けられ、格差を緩和できる、といったように。

出展:Archigram Archival Project
出展:Archigram Archival Project

 

ではこの作品を現代的に解釈するとどうなるのでしょう。

この作品に関しては、物理的な発展(気球がドローンになるとか)だけではなく、システム的により高度化していけるように考えます。

元の作品が持っていた「地方の問題を移動都市が解決する」という利点に加え、「過密になった都市の一時的な拡張空間として地方が利用できる」といった側面も現代ではあり得るのではないでしょうか。首都機能の集中のもう一つの問題として、都市の中で新しく必要になった機能を配置する土地がない、という問題が挙げられます。従来の都市開発における土地の確保の多くは、海岸部の埋め立てや既存施設の建て替えによって解決されてきましたが、これがいずれ限界を迎えるとしたら?…必然的に、都市は都市部以外に都市機能を拡張させなくてはいけません。

そこで、この絵のように土地が余っている地方に一時的に都市機能を拡張するーつまり都市機能自体を貿易する、なんてことができれば、先の2つの問題を一斉に解決できるかもしれません。

例えば東京オリンピックで新たに建設された各施設、これらを地方に一時的にまとめて配置してみる。オリンピックが終わった後は、使用した施設をそれぞれニーズがある都市や地方に再配置できる。さらには一つの施設がそれぞれ移動することで、異なる場所で発生したニーズにそれぞれ施設を建築する必要もなくなるので、首都機能の一極集中を抑えることができる、といった構想です。

もちろんインフラ等の問題も発生するかもしれません。しかし逆に言えばある程度インフラが整っている地方へ少し整備するだけで、いつでもその場所に都市機能を拡張することができるとも言えます。

 

現代版「ブロウ・アウト・ビレッジ」は新しい災害支援の形へ?

出展:Archigram Archival Project
出展:Archigram Archival Project
出展:Archigram Archival Project

そして最後は、巨大なマストを中心に伸縮する「ブロウ・アウト・ビレッジ」です。

ブロウ・アウト・ビレッジは、提案当時の三つのテクノロジー、「ホバークラフト」「油圧」「インフレータブル」を組み合わせることを目的としていました。

この移動式の「村」は、災害に見舞われ住居を失った人々や、遠く離れた場所で働く人々のため、そして季節的に一時期リゾート地として需要が急増するような土地のために、海辺などの近くに設置されるという想定で考案された作品になります。使用されていないときは、一枚目の写真のように最大時の4分の1の大きさになっており、メインマストとアーム内部の油圧を用いた仕組みにより(専門的なことは正直よくわからないですが…)、使用する際に膨張する仕組みになっています。また、膨張した際には空気で膨らんだ肋骨材がメインマストの上から落ちる形になり、村全体を覆う耐候性の透明なプラスチック製のカバーを支えることで、村全体が快適な空間になるようにできています。さらに移動はホバークラフトモーターによって行われるので、どこへでも移動できる…らしいです。

先ほどと同様に、物理的な面では技術的な発展にとどまりそうな作品ではあります。

そして現実的に考えてしまうと、仮設の建築物を必要な各地に建てる方が(災害時などは特に応急仮設住宅で)よいのでは…などと思ってしまいそうですが、現代において、災害時への対応にこそこの作品には大きな利点が二つあると考えます。

一つ目は、伸縮可能な構造を用いて短時間で大量の住空間を一度に確保でき、使用後はそのまま再利用できるという点です。この利点が活きてくるのは大規模な災害時で、例えば東日本大震災クラスの災害時は、被害範囲が甚大なため、応急仮設住宅を建てようにも範囲が広すぎて、どうしても家を失ったすべての被災者に仮設住宅を提供するまでに時間がかかってしまいます。しかしこのビレッジを事前にいくつも用意しておくことで、短期間に大規模な住居を提供することができます。さらに復興の際には、従来のような[応急仮設住宅を建てる→一度解体する→再度街を作り直す]といった手順を踏まずに、必要がなくなったらビレッジを収縮させて移動させ、すぐに復興に取り掛かることができるので、街がもう一度整備されるまでの時間も短縮できるのではないでしょうか。

二つ目は、同一設計のビレッジを複数作ることで、幅広い地域での利用が可能である、という点です。これはつまり、国単位にとどまらず、地球上のある程度文化や気候帯が近い区分ごとに配置可能ということです。異なる国同士が同一設計のビレッジを配備でき、ホバークラフトと形態変化により自律的に移動し国同士での共有もできるので、規模に比べて結果的に無駄が少なく、災害時に国同士の新しい支援の形として存在しうる可能性を秘めていると思っています。

(とはいえ、保管場所や国ごとの配備数格差など問題は多そうですが…)

ただこうした概念を宿した新しい仮設住宅・災害支援の形を提示するという意味で、現代におけるブロウ・アウト・ビレッジは大きな役割をもつのではないでしょうか。

 

まとめ

かなーーり個人的な妄想でしたが、いかがでしたでしょうか?

そもそもドローキングやコラージュでアヴァンギャルド的思想を発信したアーキグラムの作品に対して、現実的にだの現代においてだの考えるのは野暮だと思われた方もいるかもしれません。

それはもうごもっとも、確かに野暮な内容ではあります。

しかし、非現実なものをあえて現実的に思考することで、見えてくるものがあるのではないかということで、今回は記事を書かせていただきました。

次回以降も、「建築×IT」を大きなテーマに記事を書く予定です。冒頭でも書きましたが、記事についてのご意見、みなさんなりの妄想、テーマについてのリクエスト等もお待ちしていますので、お気軽にコメントしてみてください。

 

それではまた!

 

 

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